私は毎年12月30日~1月2日までは外出しないことにしていた。
特に昨年は病身の母の世話があり、また購入した単品おせちの盛り付けをしたりなど何かと大変だった。
その時死期が近かった母はほとんど食事も水分も受け付けなかったが、めぐ家伝統の雑煮だけは食べた。
でも餅ではのどにつかえる可能性があり、餅代わりに白玉を入れて食べさせた。
それを最後に母は以前にもまして飲食しなくなった。
そして入院前日、きついからと何も食べず飲まずで一日を自室で過ごした。
入院したら家に戻れないと悟ったのだろうか、多分あれこれ考えていたんだろうと思う。
そして最後の言葉が「あんたは我が強いけ、控えめにして人にかわいがってもらうんよ。」だった。
それ以降、苦しむので緩和ケアでモルヒネと睡眠導入剤で眠ったままこの世を去った。
自分の死の瞬間を見せたくなかったから、だれにも看取らせなかったのだろうと最近そう思うようになった。
母は波乱万丈の人生を送った人だった。そして最後は潔く自分で人生納めをしたのだと思う。
また私も雑煮を作ることをやめることにした。母の死とともに・・・
作り納めというべきか、私も年寄だし両親もあの世で許してくれると思う。
長々失礼しました。
以上