「お盆の思い出」
薄暗くなった頃に迎え火を焚きに出かけてく。
みんなで火を入れてない提灯をぶら下げて、100mくらい先の自宅の敷地の西の端まで歩いてく。
丁度三叉路になったところで焚いたので、
「 そこの辻まで迎えに行くよ 」
ってカンジだった。
焚いた火を提灯のロウソクに移して、先祖の誰か背負って帰る。
往く道はワイワイと賑やかに歩いたのに、復る道はゆっくりと背負った先祖と話しながら静かに歩く。
その頃にはとっぷりと陽も暮れて、外灯より提灯の明かりを頼りに歩く。
満天の星空を仰ぐことなく、背負った先祖をしっかり背負うために足元しか見ていない。
たった100mほどだけれども、生け垣や竹藪にさえぎられて、煌々とつけた家の明かりは届かない。
三和土の上がり口が座るのに丁度いい高さなので、そこに背負ってきた先祖を座らせるとほっとした。
迎えに行った全員が終わると、また賑やかになり、帰ってきた先祖との最初の食事になる。
先祖が来てようがなんだろうが、コドモなワタクシにはさほどのことでもなく、昼間は元気に遊び回ってた。
夜だって天ぷらがあったりしても、自分たちで作った野菜ばかり。
普段よりはちょっと豪華なのかもしれないけど、いつも食べさせてもらってる料理。
会話だって、農家らしく天候や学校のことなんかばかり。
オトナになってからは仕事のこととかも話すようになったけど、普段とさして変わりない。
間に終戦記念日とかの戦争特別番組とか見たりもするけど、あっという間に過ぎていく。
先祖との最後の食事をしてから、また送っていく。
ワイワイと賑やかに出かける準備して、仏壇から火を移して提灯を灯して。
来た道と同じように先祖の誰かを背負って黙々と歩く。
「 また来年ね 」
そう言って煙の行く先を見送る。
ちょっとしんみりしたまま帰るのは祖父くらいだったろうか。
普段は感情が読めない祖父だったけれど、戦争で失った友とも語り合ってたのかもしれない。
そんなのが母の実家でのお盆。
我が家のお盆は…
祖母が張り切っててウザいだけです。
先祖はお客様、上にも下にもおかないもてなしっぷり。
普段、不平不満を垂れ流しながら生きてるのなんて、極楽からは丸見えなのに…
そう思うと滑稽でしかないけれど、母方の先祖も来るかもしれないと思うと気が滅入るだけだわ ;;
ほら、魂は一日千里を駆けるっていうじゃない?
カワユイ孫や曾孫の顔を見に来るハズが、父方の先祖が繰り広げる宴会イヤさに来なさそうなんだもん ;;