私は字が汚いわりには、短冊にさらさらと書くのはあんがいと上手いのです。
おそらく、やさ男の素質があるんじゃないかと思うんです。
そんな暑さに強い風流人には七夕がよく似合う!
星空に関してはみなさん思い出がおありでしょうから、あえてプラネタリウムを。
最終的には何らテーマとは無関係になるでしょうが、たまには長編を書きます。
岩手県には、それぞれ異なる個性で人気の二人の作家がいます。そして、それぞれに記念館があります。
石川啄木と宮沢賢治。
私は啄木はそれなりに好きだったけど、宮沢賢治はずっと苦手でした。「雨にも負けず」なんて聞くだけで堪らなく嫌でした。祈りを聞かされているように感じたからです。
私がまだふらふらと浮浪している頃、頼まれた仕事で記念館の紹介というのがありました。
資料を取り寄せてみると、宮沢賢治の記念館(文学館かもしれない)は、とても立派。そして集客力も凄そうでした。
一方、石川啄木の方は、電話をいれると、
「いつも、うちの方は宮沢賢治よりも小さく扱われるんです。せめて同じ大きさで紹介してください」と切実です。
当然、平等大っ嫌い、身贔屓、自己満足どんとこいの私です。
「絶対に大きく取扱います!」と約束して、その通り宮沢賢治は小さく済ませました。
その後、とても感謝して頂けたのですが、また賢治の方からも丁重な感謝の手紙が届いたのです。
露骨に差をつけすぎて申し訳ないことしたかなぁ、と少しは反省しましたが、仕事の金が入ると私は飛行機の中。
一切合財忘れて旅から戻ると、熱心な読者になってくれているという話を聞きました。
たまたま立ち会った仕事で、私には一切利点はないまでも役に立ったというのは、私の人生にしては珍しい。
暇な私は2か月ほど経って、二つの文学館へ行ってきました。
20年も経って罪滅ぼしです。宮沢賢治記念館はとても楽しいところでした。
館内に入ると、すぐにプラネタリウム。作品だけではなく、鉱石が並んでいたりと人物を照らしています。
星を観て、石を一つ一つ眺めながら、頭の中がほぐされていきました。
私ははったり屋だからファンタジーは好きでした。
ただ、自分があやふやなせいで信仰にまで辿りつかないだけ。私にとっては神話も聖書もファンタジーです。
宮沢賢治も、やはり宗教臭さをぷんぷんと感じます。その道徳心への導きが卓抜なファンタジーとして仕上がったのかもしれません。
星を見て、石を見る。大きく見えるのは自分の集中力。漠然と誰もが見ている世界に意味を当て、じっくりと浮かび上がらせてみたら、・・・・目出度い夢想家です。
たまには目出度くてもいいでしょう、例えば今日とか。
宮沢賢治記念館は空想がグルグル回る楽しい場所でした。
では花火大会で会いましょう!