はったり話の始まりだ~、という意味ではございません。
木端話は明日から。
酒をつまみに蒲団のぬくもりに酔っていた私には、なんにも出来事がございません。
なので。。。
目が覚めてからの書初めについて。
いつも、その瞬間まで文字を用意していないので書けなかったのですが、今年は「結い」と書こうと思っています。
暮に叔母の訃報を聞き、昨日の葬式までバタバタとしてしまいました。不思議に報せの電話が大きく響き、今も耳に残ります。
ハハの兄嫁に当たる人で、年も年ながらも急な死でした。
私が子供の頃は、年末年始よく集まっていたハハの兄弟姉妹も、次第に疎遠になり、10年以上ぶりの再会でした。
そして、おそらく全員が揃うのは最後のこととなるでしょう。
突然の死を哀しみながらも、暮に集まらせ、一緒に正月を迎えさせてくれたと各々に感じていることだと思います。
式が終わり、一人先に帰りながら、「結」という文字が浮かびました。超現実主義の私です。ありえないと分かっていても耳に残る訃報の電話の音は、私にもまだ「結」が残っているものと信じたいからでしょうか。
「結」とは隣組のようなもの。相互扶助の精神からなる共同体です。ただ、こう書けば村社会の閉塞感も感じられるかもしれません。
だから、民俗学を学んだ人には怒られそうだけども、私の文字に関しては勝手に拡大解釈して絆を結ぶものと意味を込めます。
昨年は3件の結婚式に出席しました。暮には親族席にも座らされました。
ときには、人情紙風船、そっとしてほしいときもあります。縛らず、急かせず、いつでも手が届く、深い絆を育てていってほしいと願います。
大晦日遅く帰宅すると、大滝詠一の訃報を聞きました。
急いで古いレコードを引っ張り出した次第です。
「さらばシベリア鉄道」はタイトルに触発されて旅情をかりたてたものです。
一緒に新年を迎えながら、・・・・・・・響きました。