Y先生 失礼ながら、亡くなられてから何年経ったのか覚えておりません。
しかし、私の高校時代の思い出には、先生を欠かすことはできません。
入学したてのわれわれに示された、バラ色の年代、恐ろしく偏った、しかし心地よい考え方。
中学との格差に押しつぶされそうになっていた気分を振り払うコメントの数々。
今思えば、ずいぶんと救われておりました。
授業にしても、公立高校というより、予備校のような教え方。
国語でありながら数学のような教え方で、それまでのもやもやが晴れた気がしました。
おかげさまにて、現国に限れば得意分野となりましたのも、先生のおかげです。
漢文以外は、高校で数少ないすきな授業でした。
政治的指向は全く正反対でしたので、夏休みの小論文は酷評を予測していました。
しかし、『論旨が一貫しているのを評価する。A』として返ってきたのをうれしく覚えています。
母校から格落ちの学校への転勤直後に自殺されたと聞いたとき、実に先生らしいと思いました。
先刻、先生が最後に転勤となった学校の前を通り、多少 感傷的(?)に思い出した次第です。
先生に救われた者は数多くおり、また、高校生活を語る時、「ダイヤモンドの時代」のo校長と共に絶対に外せない恩師です。
ありがとうございました。
ただ、我々は貴方が、母校の校長になる事をきたいしておりましたので残念です。
・・・・文脈がめちゃくちゃだと怒られそうですが、修正が大変のです。お許しを^^;