茶道は日本の文化ですが、
お茶を飲む文化は中国から伝わったものです。
珈琲を飲むのも一つの文化ですし、
入れ方にもそれぞれ特徴はあるはずです。
茶道があるなら珈琲道はあるのでしょうか?
緑茶に含まれるカフェインにて、
または精神的雰囲気で宇宙を感じようとする、
または己の内なる世界を探訪するのが「茶道」。
色と匂いは違えど、同じ効用を持つ珈琲で
茶道のような文化があるか疑問に思う。
喫茶店自体がソレ(茶室)なのかもしれませんが・・・
自分の価値観だと、それも「道」だと思えます。
お茶は様式美のイメージがあります。
珈琲は「自由」のイメージがあるから、
理屈はともかく美味しい珈琲を
楽しめれば良いと思います。
「~道」というのは、
その中の一つのジャンルに過ぎないと思います。
自分の好きなように、選んで入れて飲んで、
満足したら、それでいいよね^^
こんな文化があったら面白い。
きっともっと美味しいコーヒーを、って思いなんですよね。
こういう風にスタイルとかを、
道と考え自由なのか内に向くのかと考えると…
形式ばった堅苦しいものは、
コーヒーを愛する人にとって
もしそのような「型」を押し付けられたら
飲む事をキライになるでいすね
やはり珈琲は自由の象徴なんだろうなぁ・・・
自分なりの、珈琲道で宜しいのでは・・・
いい方を変えれば、自分なりの拘りとか、楽しみ方・・・
私はそんな風に感じました。
豆の挽き方、珈琲の淹れ方、珈琲カップなど・・・
何よりも。珈琲の香りはとても、奥が深い、
それぞれの珈琲道を、楽しむのが素敵に思います。
「個々人が道を愉しんでいる」んだと!