今の天皇が2019年4月30日に退位され、5月1日に皇太子が新しく即位される事が決まりましたね。なので、今日は天皇家からこの方「安徳天皇」をPick upしてみました^^
この方は平安時代に生きていた天皇で、日本史史上最年少(生後1ヶ月)で皇太子に就任しこれまた史上最年少(3歳)で、天皇として即位しました。父親は高倉天皇・母親は建礼門院徳子、祖父は平清盛です。叔父は平氏で一番の知将と言われた平知盛です。
8歳になった時、幸せだった日々が一気に崩れ去る出来事が起こってしまいました><源氏である源義仲率いる軍に京を終われ、平氏一門と共に命からがら西方へ逃げなければなりませんでした!(平氏の都落ち)追手を躱しながらなんとか逃げていましたが、源義経に攻めたてられ今の山口県にある壇ノ浦まで追い詰められてしまいました><其処で「壇ノ浦の合戦」と言われる大きな戦に巻き込まれてしまいました(><;)
最初は善戦をしていたものの、兵力の差があまりにもあった為、だんだん劣勢となりました・・彼が乗っていた船は叔父の知盛が護衛していましたが、源氏の兵がすぐ近くまで迫って来てしまっていました・・これで最後だと悟った知盛は甥っ子である安徳天皇に、「もうすぐ珍しい東国の男達が見られますよ」と伝えたそうです。その時、安徳天皇はとても喜んでいたそうです・・これから自分に起こる悪夢を、たった8歳の彼には想像すら出来ないですよね><・・・・
この言葉を聞いて全てを察した彼の祖母である二位の尼(清盛の妻で、知盛の母親)は、安徳天皇を抱き上げ船の外に出ます。そして幼い天皇に自分達の行く末を、涙ながらに伝えました・・・この時安徳天皇は、「どうして泣いているの?京にはいつ帰れるの?」と祖母に尋ねたそうです。自分達に残された道が「死ぬ事」だなんて、8歳の子には理解出来ませんよね><・・・
最後の時が近付いて二位の尼は彼に、神仏に祈りを捧げる様に言いました。唱え終わると幼い孫を抱き締めながら、「波の下にも、都はありますよ」と言い、海中に身を投げて亡くなりました。それに続いて侍女達や兵士も次々に、海中に入水しました。母親である建礼門院徳子も、息子の後を追い身を投げましたが沈みきる前に源氏の兵に助けられ生き残りました。
助けられた彼女は、源氏の屋敷に幽閉されました。彼女は自分も息子の下へ逝かせて欲しいと頼みますが、聞き入れられず最終的には尼寺に護送され、其処で残りの人生を送る事になります。亡くなるまで、息子や母・兄達の供養をしながら暮らしたそうです。自分の息子の死を見なければならなかったなんて、最大の苦痛と悲しみです><・・・私自身も小さい子供を持つ身としては、そんなの耐えきれないし嫌です・・・
彼の事を本などで読む度に、「大人達の勝手な都合に振り回されて、その挙句が{死}を選ばなければいけなかったなんて、なんて悲しい人生だったのだろう><」といつも思います・・・天皇家の史上でも、彼以外にも沢山の血が流れた時期もありました。。。その犠牲の積み重ねがあって、今に続いていると思っています。
天皇は「象徴」としてでしか存在出来ない立場にいます。過去の天皇の歴史は、文献でしか知る事が出来ません。過去の天皇達が経験した悲しみなどから学べるのは、今の時代の特権だと思います!今の日本は、昔の様に天皇の事で血が流れるという事はありませんが、安徳天皇の家族の様に振り回されて、悲しい結末を迎えてしまった天皇がいる事を知っていた方がいいと思う時があります・・・(ですが、これはあくまでも個人的な意見です!!)
安徳天皇が生きた時代は、争いが特に激しかった時代でした。だけどそれでも、彼が家族と過ごしていた時間が有意義な時間だったと思いたいです!^^私も子育ては確かに大変ですが、それ以上の喜びなども味わう事が出来るので、子供と過ごす時間を大事にしたいと思っています^^
今日は大変長くなってしまいましたm(_ _)mそれでも読んで下さり、何かコメントも書いて下さるとありがたいですm(_ _)m