空白の1日事件
1978(昭和53)年11月21日、読売巨人ジャイアンツが、法政大学出身の江川卓投手と同年のドラフト会議前日に入団契約を結ぶ、通称「空白の1日事件」があった。
当時のドラフト交渉権が、
「前年のドラフト会議から1年間有効」
とする規約の盲点を突いたもので、江川投手は前年のドラフト会議で別球団から指名されるも、固辞しており、単身アメリカで野球留学を送っていた。
1978(昭和53)年11月22日にドラフト会議は通常通り行われ、阪神タイガースが江川投手の指名交渉権を獲得。
セ・リーグ機構も、巨人軍と江川卓投手の契約を無効と裁定していた。
が、江川投手は阪神と一旦契約し、同年巨人が1位指名していた小林繁投手と後日(1979年1月31日)交換トレードという荒業で巨人入りを果たした。
高校時代には「怪物」と言われ、甲子園で一躍人気を得ていた江川投手だったが、「空白の1日事件」で多くのファンを敵に回す結果となってしまう。
しかし、巨人軍入団後、その実力を発揮し、結果を出し続けていくことでファンを納得させていった。