理解できない事結構あります。
僕が一般人かどうかは知らないけど、警察官じゃない自分が分からない事を以下列挙。
1:因果関係を逆転させてしまう心理
夕べのこと、おまわりさん曰く、「裏道をグルグルと走っておかしくないですか?」
これについては、因果が逆。
裏道をグルグル走ったから追いかけたのじゃなくて、僕は追いかけられたから裏道をグルグル走ったんですけど。
夜小走りに走ってるときに、後ろからヘッドライト当てられてずっと付けられたら、気持ち悪いから普通逃げますよ。
後ろを振り向いたらヤバイと思ったから、最後の最後まで振り向きませんでしたので、どんな車がつけてきてるのかも最後まで理解できませんでしたし。
自分を追い回してるのじゃなくて、偶然道が同じだった、のであって欲しい、そのままどっかに走り去って欲しい。
こういう希望的観測があったのかも知れません。
また、古事記かなんかの神話で、黄泉の国から亡者に追われて逃げるとき、振り向くのは禁忌。という話を聞いたことがあります。
振り向いて、亡者と目が合ったら、捕まっちゃうんですよね。あれは。
振り向かずに逃げ続けたら、逃げられるんです。
そのイメージが重なっちゃったんだと思います。
後、僕はこの経験はないですけど、「しろどもどろになったり、挙動不審な人は怪しいと思われやすいから、だから堂々としとけ」という話もよく聞きます。
これも、因果関係が逆。
「怪しいから、挙動不審だったりしどろもどろだったりする」とは限りません。
「怪しい、と勘違いされたら困るから、挙動不審だったりしどろもどろになったりする」というケースも多いでしょう。
いきなりそういう場に立たされたら、多くの人は恐らく上がりますってば。
と思います。
2:大げさな想像をする心理
これは今回の話ではなく、前回故障した複合機を修理依頼しようと、エプソンの修理センターまでカートに載せて徒歩で運搬していたときの話。
僕の家は城南区、エプソンの修理センターは博多区の吉塚にあります。
「ここまで歩いて持ってきたんですか?」という質問。
さすがに、距離的にそれはありません。
勿論、地下鉄七隈線、空港線、鹿児島本線(ただし一駅)を乗り継いで持ってきた、の方があり得る話だと思いますけどね。
当然僕もそうやって、公共交通機関を用いて移動させました。
複合機を配送で送ると、重いし、でかいしで、送料は同一市内でも、結構するもんですよ。
往復の交通費の方が遥かに安いもんです。
更に、プリンタって人にもよるだろうけど、僕は原則週に2、3回は使う道具です。
代替機を貸してくれるものでもないし、修理中、何日も何日も家に無い、じゃ済む物ではありません。
だから、もっとも速達且つ、安価な手段を取った、ということです。
とはいっても、さすがにこんな重いもの引きずって歩いてこれる距離ではありませんね。
となると、もっとも安価且つ安全な移動手段は、「公共交通機関」になるのです。
3)おかしい行動、理解できない行動、説明できない行動を、それはそういう行動、とすぐには理解できない心理
1)に通ずるところですけど、それはそういうものなんです。
その原因なんて、当人にしか、いや、当人にさえ分からないことなんです。
人は誰だって、他人には、場合によっては本人も理解できない趣味、考え方、思想、行動があるものです。
説明できない、も、そもそも当人自身が理解していない、何らかの理由でどうしても当人が話したくない、話しても恐らく他人に理解できる代物ではないから、説明を割愛したい。
色々あります。
これが全てストレートに行くのなら、行動心理学なんていう学問は要りません。
強いて例を挙げるなら「人はなぜ散歩をするのか」。
よく考えると、意味が分からない行為ですよね。
生きていくうえで絶対必要なものでもないし、実質的に有益な行為かどうかも説明の行かない行為です。
これは、行動者本人にも分からないことでしょう。
そういうのをすんなりと、それはそういうもの、で理解しないのが、なんで~?です。
4)警察だけじゃなくて司法全体に言える事だけど、なぜ冤罪が生まれるのか?
あれって、結局の所、「疑わしきは罰せず」「疑わしきは被告の有利に」
これ守っておけば大半は防げるものだと思います。
冤罪という事は、その容疑者はシロということなので、必ず何らかの決定的な証拠は欠如しているものなのです。
それを証拠不十分扱いで無罪にすれば、冤罪なんてほとんど起きないんですよね。
検挙率が下がる、ひょっとしたら真犯人が無罪になる可能性もありうる。
それはあるでしょう。 十分にあることでしょう。
しかし、無実の人間が有罪になっちゃう問題に比べれば、ずっと小さな問題です。
仮に真犯人が証拠不十分で無罪になったとしても、それが本当になんらかの社会的制裁を要する人ならば、類似する再犯でまた捕まって、今度と言う今度は有罪になることでしょう。
仮に再犯する事がなかったとしたら、大人しくして真面目に生きてくれるのならば、警察沙汰になった事で反省した、懲りたものと看做して、いちいちそれまで国民の血税を用いて刑務所に入れなくて良いんじゃない?と思います。
社会復帰を暖かく見守るべき対象だと思います。
しかし、司法機関は恐らくそう思ってないのでしょうね。
それが冤罪という形になっています。
あちらさんも人間なのに、なぜ相計れない所があるのか、と思ってしまいます。