コブシ 
(辛夷、拳、学名:Magnolia kobus)は、モクレン科モクレン属の落葉広葉樹の高木。早春に、他の木々に先駆けて白い花を梢いっぱいに咲かせる。
和名コブシの由来については定説がない。つぼみが開く前、開花の様子が小さな子どもの握りこぶしのように見えるという説。つぼみの形を握りこぶしに見立てたものだとする説。また他説では、果実(集合果)の形がでこぼこしていて、(子どもの)握りこぶしに見立てたことに由来するとする説もある。和名「コブシ」が、そのまま英名・学名になっている。
中国植物名(漢名)は日本辛夷(にほんしんい)。日本では「辛夷」という漢字を当てて「コブシ」と読むが、これは花のつぼみを乾燥させた生薬名が辛夷(しんい)であるためである。中国の辛夷は、ハクモクレン(白木蓮)、もしくはモクレン(木蓮)のことを指し、コブシの漢名とするのは誤りとされている。
別名ヤマアララギ、コブシハジカミともよばれる。昔はコブシの花の時期に、稲の苗代や種まきすることから「タウチザクラ」とよばれた。アイヌ地方では「オマウクシニ」「オプケニ」と呼ばれる。それぞれ、アイヌの言葉で「良い匂いを出す木」「放屁する木」という意味を持つ。遠見だと桜に似ていること、花を咲かせる季節が桜より早いことから、ヒキザクラ、ヤチザクラ、シキザクラなどと呼ばれる。これらの呼称は北海道、松前地方を中心に使われる。一方、北海道のコブシは「キタコブシ」と呼ばれることもある。
日本の北海道・本州・四国・九州北部、および朝鮮の済州島に分布する。日本特産で、山地や丘陵の湿った平地に好んで生えている。栽培可能地は北海道から九州までの全域で、春を告げる花木として庭木にもされる。
落葉広葉樹の小高木から大高木。 樹高は5 - 20メートル (m) 、木の幹は1本立ちで直立し、直径はおおむね30 - 60センチメートル (cm) に達する。樹皮は灰白色で、表面はややなめらか。生長は割合早いほうで、枝も均整に出て、整った円錐形の樹形になる。枝は太いが折れやすい。
葉は倒卵形から広倒卵形で、長さ5 - 15 cm、幅5 - 8 cmで、先端は突き出る。葉は揉むと強い香りを発する。
花期は早春(3 - 4月)とモクレンの仲間では早咲きの部類で、葉に先だって小枝の先に、ほのかな芳香がある直径6 - 10 cmの花を1個咲かせる。花は純白で、花弁の基部は淡紅色を帯びる。花弁は外花被片(萼片)3枚、内花皮片3枚からなる計6枚、長さは5 - 6 cm。花の中央に雄しべが多く集まる。ふつうは花の基部に小型の1枚の若葉がつき、よく似たタムシバは付けないことで見分ける。花のほか、枝にも芳香があり、枝を燃やしても香りを放出する。
果実は長さ5 - 15 cmの集合果で、赤紅色でやや扁平状の球形の袋果が数個から十数個結合してできており、所々に瘤が隆起した不整な長楕円形の形状を成している。秋(9 - 10月ころ)に赤く熟した果実が開裂し、朱赤い種皮に包まれた種子がこぼれ出して、白い糸状の珠柄で垂れ下がる。種子は腎形や心形で、赤い外皮のほかに肉質の中層と黒い内層がある。
日なたから半日陰を好む性質で、成長速度は速く、土壌の質は全般で根は深く張る。増植は、実生・挿し木・接ぎ木による。実生は秋に行われ、秋に採取した種を床蒔し、2 - 3年後に定植する。挿し木は3月中旬から下旬ころに行い、前年の生枝を15 cmほどの長さに切って、地面に挿す。定植は、日当たりのよい場所を選んで行われる。剪定は好まないので、1 - 2月か5月に、不要枝を抜き取る程度にする。施肥は必要がない。丈夫で病害虫も少なく、手がかからず栽培は容易である。
樹の形が美しく整っていることから、庭木・街路樹として植栽されるほか、接ぎ木の台木にされる。特に庭木にすると、コブシの大振りで白い花がサクラより早く咲き始めて、春の訪れを楽しめる庭となる。建材として、樹皮を付けたまま茶室の柱に用いられることがある。
早春に採取した花の蕾を風通しのよい場所または、天日で乾かしたものは、辛夷(しんい)という生薬になり、漢方薬に配合される。中国ではモクレン、ハクモクレン、それぞれの蕾の薬物名を辛夷としている。薬効は、鎮痛、鎮静、鼻炎、蓄膿症、頭痛、めまいに効能があるとされる。民間では、1日量2 - 10グラムの辛夷を300 - 400 ccの水で半量になるまで煎じ、1日3回に分けて服用する用法が知られている。蓄膿症や花粉症の鼻づまりに、よく効くという意見もある。また、乾燥した辛夷を粉末にして、1回0.1 - 0.2グラムを白湯で服用してもよいともいわれている。身体を温める薬草のため、多量に飲むとめまいや充血を起こすこともある。
蕾(辛夷)は芳香料になる。また花は、香水の原料にもなる。
かつてアイヌが樹皮をお茶のように使って飲用したとも言われている。ただし、樹皮は有毒なので注意を要する。花は砂糖漬けにしたり、薄く衣をつけて天ぷらに調理されたりもする。赤い果実などを集めて焼酎などに漬けておくと、一風変わった香りの果実酒を作ることができる。
コブシの咲き具合に応じて種子を撒くなど、農作業の指標として用いられることもある。春早く咲いて目立つことから、北海道や東北地方、信越地方などで、その年の田植えをはじめるので、「満作」あるいは「田打ち桜」「田植え桜」「種まきザクラ」ともよばれた。栃木県ではコブシが花を咲かせるのを目安に、サトイモの植えつけに着手する。それゆえ「芋植え花」と呼ばれる。
春の季語であり、春の訪れを象徴する花として、千昌夫のヒット曲「北国の春」にも唄われている。