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生き物を扱う動物園と水族館は、休業中も経費を削ることができず、その分が赤字として重くのしかかることとなった。公立ならばその赤字を自治体が補填してくれるが、自治体への依存度が高まると、経費削減の圧力がかかり、動物を取り巻く環境が悪化する恐れがある。密対策で激減する入場料収入を何で補うか。特集『コロナで崩壊寸前!どうなる!?エンタメ』(全17回)の#7では、そのヒントを探る。(ダイヤモンド編集部 野村聖子)
収入のほとんどが入場料
民営は手元資金次第で破綻もあり得る
「ソーシャルディスタンスはジャイアントパンダ1頭分」――。
6月23日、新型コロナウイルス(以下、コロナ)感染症の流行により、2月末から休園していた上野動物園(東京都)が、約4カ月ぶりに再開した。当面、インターネットと電話による完全予約制で、1日の入場者数を4000人に限定し、開園時間も短縮している。
名物のジャイアントパンダは、混雑を防ぐため、写真や動画の撮影がNG。報道機関に対しても、「“密”対策のため」(上野動物園)として、再開園の日の取材は東京都庁記者クラブの加盟媒体に絞られた。
コロナ禍は、動物園や水族館にとって、一年で最も書き入れ時である、春休みやゴールデンウイークを直撃した。
全国91の動物園と53の水族館が加盟する、日本動物園水族館協会の「日本動物園水族館年報」によると、昨年3~6月の上野動物園の入場者数は、176万4170人。昨年度の全入場者数が347万9990人なので、この4カ月で1年のほぼ半分以上を稼ぐ計算だが、今年はコロナ禍によってこれが全て吹き飛んだことになる。
動物園と水族館の収入の内訳は、ほとんどが入場料収入。他に、グッズ類など物販収入もあるが、微々たるものだ。
そして、他のエンターテインメント業界と最も異なる点、それは生きた動物を資産として抱えていることである。当然、動物の餌代や、飼育員たちの人件費など、動物の生命を維持するための経費を削ることはできないため「休業中でも、経費は営業時とほとんど変わらない」(京都水族館〈京都府〉、すみだ水族館〈東京都〉を運営するオリックス水族館執行役員の岩丸隆氏)。
つまり、休業中はほぼ収入ゼロで、経費がそのまま赤字としてのしかかることになるわけだ。
営業再開後も、密対策として多くの動物園と水族館は時間帯ごとの整理券を配布するなどしているため、コロナ以前よりも入場者数を減らさざるを得ず、収入は戻らない上、入り口で検温などを行うスタッフの増員やソーシャルディスタンスの注意喚起の看板の設置など、逆に経費は増えている。
先行きが見えない中、この“ウィズコロナ対策”をどこまで続けていけるのか。そもそも、破綻せずに園を運営していけるのか。
その命運は、第一には自治体などが運営する公立(公営)か、それとも民間企業による運営かによって、異なってくる。
まず、公営では営業損失を自治体が補填するため、赤字が膨らんだからといって、自治体の財政状況が相当悪化しない限り、即閉園になるということはない。
しかし、民営は一般企業と同様で「まさに、手元資金がいつまで持つかの勝負。この状況が年単位で継続するとなると、小規模な事業者ではつぶれるところが出てくる恐れもある」(水族館経営の研究家でコンサルティング業なども行う原澤恵太氏)。
民営が公営よりもいかに心もとないかを示すエピソードがある。
高度経済成長期、鉄道会社が沿線の都市開発のために動物園をこぞって開園していたが、沿線の住民増加という形でその目的が果たされた2000年代前後には続々と閉園が決まり、今年3月には南海電気鉄道が運営するみさき公園内の動物園(大阪府)も閉園した。
民間企業にとって、もともともうからない動物園は役割を果たしたら“お払い箱”ということが、過去の相次ぐ閉園で浮き彫りとなっている。
そして実は、動物園と水族館では民間企業の参入の度合いが異なっており、動物園の民間参入率が21%なのに対し、水族館は43%とかなり高い。
入場者数が多い動物園と水族館のそれぞれトップ10を比較しても、その傾向は顕著で、動物園は民営が2園なのに対し、水族館は6園と半分以上を占める。
動物園経営研究の第一人者で、帝京科学大学講師の佐渡友陽一氏によれば、動物園に民間参入が少ないのは、動物園経営が、基本的に非営利を前提としなければならないからだという。
一方で、水族館はもうかるからと民間参入の割合が高かったわけだが、裏を返せば、前述のようにコロナ禍でも自治体からの補填が望めないため、今後、多くが苦境に立つのは動物園よりも水族館の可能性が高い。
では、公営が多い動物園ならば、安泰なのか。実は、そうとも言い切れない。自治体の財源を当てにして生き永らえるということは、住民の負担が増えるということであり、本来ならば、動物園の赤字を許容するか否かを、明確に住民に問わねばならないのだ。
しかし、それでも長くその状況が続いてきたのには理由がある。
公立動物園は慢性的な赤字体質
運営費の3分の2を自治体に依存
動物園がもうからない最大の要因は「入場料が低く抑えられやすい」(佐渡友氏)ことだ。
国内の水族館の平均入場料は1473.8円であるのに対し、動物園は825.6円。水族館の方が民営が多いので、当然のように思えるが、動物園と水族館、それぞれの入場者数トップの上野動物園と沖縄美ら海水族館(沖縄県)の入場料は、どちらも公営だが、前者が600円、後者が1880円と、3倍以上の開きがある。やはり、動物園の方が入場料は圧倒的に安い。
1882年に日本初の動物園として上野動物園が開園して以来、「子どものための施設」という福祉的な観点で、戦後、全国に公立動物園が造られた。以来、高度経済成長の物価上昇に伴う値上げをせず、それ以前の価格設定が現在まで維持されてしまったことが、現在も公立動物園の入場料が非常に安い要因だと、佐渡友氏は分析する。
値上げをするにしても、公立動物園の場合、議会の承認が必要となる。しかし、前述のように福祉的な視点で造られた背景があるため、自治体の首長も議会も値上げには非常に消極的にならざるを得ない。
このような経緯により、入場料収入が貧弱な日本の公立動物園は慢性的な赤字体質であり、「一部を除いて、ほとんどの動物園は財源の実に3分の2を自治体が負担している」
そして、佐渡友氏は、動物園の収益構造がもたらす最大の問題点について、「動物福祉」が守られないことを挙げる。
動物福祉とは、動物の幸福度を追求することだが、入場料が安く自治体に依存する財務体質では、おのずと経費削減の圧力がかかり、飼育員が削減されたり、設備の適切な更新が行われなかったりなど、動物福祉がなおざりにされる恐れがある。
それは同時にサービスの低下を招くことにもつながり、入場者にとっても「安かろう、悪かろう」になってしまうのだ。
佐渡友氏によれば、欧米の公立動物園は、入場料と公的資金のほか、寄付などのファンドレイジング(資金調達)が運営費の3分の1を占めるのが相場で、収益の多角化が進んでいる。入場料も、日本と比較すると高く設定されている。
その資金調達力をもって、動物福祉を実現し、自治体から運営の独立性をも勝ち取っているという。
「コロナに関係なく、以前から収益の多角化こそが日本の動物園の構造問題の処方箋であり、世界に肩を並べる動物園を造る方法だと考えてきた」(佐渡友氏)
エンターテイメント性を追求しやすい水族館
入場料減少を補う新業態の登場も?
一方、水族館には「巨大水槽や照明・装飾を使った演出など、生物に依存しない形でサービス水準を向上できる」(原澤氏)という優位性がある。動物園よりも福祉的な視点で造られておらず、ある種“生物を使った”エンターテインメント施設として売り出すことも可能だ。
圧倒的に未就学児の入場者が多い動物園と比較して、大人もターゲットに取り込みやすいこともあって、動物園よりも入場料を高く設定できる傾向があり、単体でも収支のバランスを取りやすい。民営という形を取り自治体のバックアップがない水族館でも、動物園より演出などを工夫しやすく、それを入場料にも反映しやすい。入場者減少を補えるような新しい形の水族館が今後登場するかもしれない。
いずれにしても、今後、動物園も水族館も同様に取り組むべきは収入の多角化だと言うのは、前出の原澤氏。休園中にクラウドファンディングを行った動物園や水族館も少なくなかったが「一時のブームに終わりがち」と指摘する。
コロナによって、入場料収入が以前よりも3~4割減少する状況が続くことが確実な今、「これまでの入場者数依存・薄利多売を見直し、応援サポーター制度などを活用した継続的なファンドレイジングに力を入れるべきだ」(原澤氏)。
オリックスが運営する水族館では、以前からオンライン配信やSNSを活用し、水族館グッズのEC(電子商取引)販促につなげており、「入場料収入が減るコロナ危機の下では、ECをさらに強化していく」(岩丸氏)。
入場料収入が見込めないなら、来場しない層とのコミュニケーションを、どれだけマネタイズし、新たな金脈を掘り起こせるか。それは、コロナ禍を乗り越える知恵となるだけでなく、動物の幸せと顧客満足度を両立するという、動物園や水族館のあるべき姿を目指すことにもつながるだろう。