ほどなく、寮へと帰途を急ぐ僕の姿があった。
彼女が、仕事を終えるのを、店の外で待つことにしたのだ。
洗面用具一式を部屋においで身軽になった僕は、急いで店にとんぼ返りした。
これからあるであろう、彼女との会話をシュミレートしながら。
店の前で待つ数分間は、僕にとって、高ぶる気持ちを落ち着かせるのには、充分ではなかった。
勢いよく自動ドアから飛び出してきた彼女。
満面の笑みをたたえながら。
「ごめん、待った?」
「いや。。。」
鼓動が高鳴る。
店から、100mもない地下鉄の駅までの道のりは、長いようで短かった。
想定した台詞を懸命に思い出していたから。
「明日は休みなんだ。ゆっくりしようと思って何も予定は入れてないの。」
「そうなんだ。」
ここまで来たら、男として一生の恥だ。
「えっと・・・明日は、午後から講義ないからよかったら会わない?」
「ほんと?やったぁ。で、どこにする?」
「渋谷はどう?ハチ公のしっぽで午後一時で。」
「うん。。。楽しみだなぁ。」
渋谷なんて、ハチ公しかまだ知らなかった。
そして、明日の午後の講義はサボることとなった。
翌日。
時間通りに彼女は現れた。
相変わらす、今日もミニスカートだ。
センター街へと、並んでゆっくりと歩を進めた。
平日の昼間だと言うのに、なんて人の多いこと。
行き交う人の視線が、僕と彼女に浴びせられているようで、うっすら手に汗が滲む。
誘ったのは僕なのに、彼女がリードして街を案内してくれた。
軽いランチの後、ウインドウショッピング。
いつしか、緊張の糸は解けていた。
千里は、特別美人というわけでもなく、スタイルもごく普通だった。
笑うと、垂れてしまう大きな丸い目が、印象的だった。
その笑顔には、いつも、綺麗に生え揃った白い歯が覘いていた。
天真爛漫さが溢れ出る様な、相手を和ませる笑顔。
家庭の事情で10代から一人暮らしの身の上を、微塵とも感じさせない、屈託のない笑顔。
僕が見ると必ず返してくれるその笑顔に、どんどん惹かれて行くのが自分でもわかった。
こうして、僕と千里の交際は始まった。
お互いの意思を確認することもなく。
『付き合おう』とハッキリ言うこともなく。
千里は、何事にも積極的で、2回目のデートの時には、彼女から手をつないできた。
汗が滲まないように、とにかく、リラックスしようとひたすらしゃべり続けた。
職場は、従業員3人と会社とは呼べない規模のイベント企画会社だった。
今は、コンビニを転々と回り、店頭で大手百貨店の提携クレジットカードを勧誘していた。
僕は、その勧誘のアルバイトにも誘われた。
ちょうど何もしていなかったので、責任者と会う話も進めてくれることとなった。
こうして、2人の距離は日増しに縮まっていった。
ある日、千里が僕の寮に遊びに来ることになった。
~つづく