朝、玄関のドアを開ければ、そこに新聞があった。
天気もテレビ欄も、近所のお悔やみも、あの一枚に載っていた。
けれど今、その紙を取る家は静かに減り続けている。
新聞が嫌われたのではなく、朝刊を待つ理由のほうが先に消えたのかもしれない。
二十四時間、いつでも温かい食事が手に入る。コンビニ弁当は長いあいだ、忙しい人の味方でした。
安くて、早くて、片づけもいらない。独身の給食、と呼ぶ人までいました。
けれど今、その手軽なはずの弁当を、あえて買わない人が増えているといいます。
値段は、そこまで変わっていないはずなのに。なぜ、あの棚は「安い場所」ではなくなったのでしょうか。
生まれ育った実家を、あえて手放す。
親から受け継いだ家を、相続せずに売る、あるいは解体する人が今、増えています。思い出の詰まった家を、なぜ人は手放すのでしょうか。そこには、お金と時間の現実があります。
自動ドアが開くと、電子音と冷房の風が一緒に流れ出してきました。
制服もスーツも、同じ百円玉を握って並んでいた場所です。駅前にゲームセンターがあるのは当たり前でした。
その店が、いま次々と閉店しています。シャッターが下り、貼り紙が一枚だけ残されている。