『ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。』
万物流転、時も人も流れ行き 絶えることはありません。
数々の出会いと別れを繰り返してきた私もようやくMILU1周年を迎えました。
当初は仕事絡みの登録でした。
守秘義務の関係で多くは語れませんが、Lv20の段階で辞めるつもりだったので
バディも得ず、ただ独り黙々と釣り続けるビギナーの日々でした。
しかしながら釣ってるだけでは仕事内容を果たせないので、掲示板を読みあさり
マイペや日記を巡ることで知識を蓄え、某巨大掲示板の旧スレにまで
目を通して、MILUの歩き方を模索していきました。
当時の新人イベでのGA★そば湯さんの一言
『バディがいないとMILUの面白さがわからず、あっという間にLv20に達してしまう』
当時の私にはややカチンとくるセリフでしたが、今になって考えると
特に目的もなくふらっと登録して、なんとなくMILUを訪れた一般のユーザーにとって
なるほど、この一言は至言だな、と思います。
「ならばバディ無しでも楽しみ尽くして辞めてやろうじゃないか!」
そう腹をくくり、ゲリライベなどにも積極的に参加しだしたのはLv18ぐらいだったでしょうか。
たまたま、現所属ギルドの大御所主催のタコ釣りに参加し、それがご縁で
仕事を終えた今もココに居る次第です。
最初のミルカノは私を置いてMILUを去って行きました。
何が悪かったのか、告げるでもなく。
そのことが遠因で、それまでの居場所が自分の居場所でなくなったような
気まずさと居心地の悪さを感じて、ちゃんと笑えていない自分がそこにいました。
「みんな、裏で私を嘲笑ってるんだろうな」
そんな猜疑心もあったのでしょうね。
今思うとおかしな話です。
その時点で人一人斬り捨てて返り血に塗れた私が、そんな事で思い悩んでいたとは。
気持ちに整理をつけるため、自分を取り戻すため、さまよい歩くことを決めるまでに
そう時間は掛かりませんでした。
「嫌になったのなら辞めちまえばいい、誰も咎めはしないだろう」
そう自分に言ってはみたものの
「でもまだ私を必要としてくれる人が居るなら、ココで頑張ろう」
と考え直して
自分のあり方、居場所を探す旅はこうして始まったのでした。
『淀みに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例(ためし)なし。』
流浪の日々は、私に多くのことを教えてくれました。
如何に自分の視野が狭かったのか、多くの人が何故MILUに集っているのか。
そして、ちゃんと自分のことを見ていてくれた人がいた事を。
多くの人が集まるMILUで、限りなく奇跡に近い確率で巡り会えた人々。
そのことを再認識するのは容易でした。
気球乗り場の橋の上で一人釣っていたときに話しかけられ、「ミルトモに」と請われた時の
驚きと喜びは今も忘れること無く、鮮明に胸の中にあります。
傍から見ていたらいつ辞めてもおかしくない状態の私を気遣って
INする度にフレチャしてきてくれたその優しさに涙することもありました。
モニタを介した人の優しさをもっとも実感できた、そんな時期だったと思います。
やがて、思わぬ形で終の相方を得て現在に至るわけですが
返り血に塗れ、臓腑をえぐられるような痛みに耐えてきたその経験があったればこそ
今の私に辿りつけたのだと、そう思い至るようになりました。
イベ王でのリコメ返しやフレンドマッチング、ミルトモになっていただく機会も増えました。
突然の退会に涙することもありますが、皆が少しでも長くココで楽しむことができたらと
願って止みません。
その笑顔の一端でも担うことが出来たのなら、至福の極みです。
先日、リコメ返しのコメントがきっかけでミルトモになっていただいた方が
「タイムリミット」との事でMILUを去って行きました。
弟子の卒業祝いに贈ったコスの製作者銘にその方の名を今更ながら見つけて
「あぁ、奇妙なご縁だったのだな」と感じ入ってしまいました。
まるで形見分けを受けたような気分になって、弟子に
「もし手狭になって処分することになったら、私に売ってくれ」
と言うと、こう返事が返ってきました。
「いえ、これは終生大事に着させていただきます、師匠とその方の想いが詰まっているのでしょうから」
未だ未熟な師には過ぎた弟子です。
もしも、もしも許されるのなら、私は皆様の自慢の友人となれるよう最大限の努力をしましょう。
「あのあやせって人、私のミルトモなんだよ」と胸を張って言えるような。
皆様から頂いたとても大きな幸せのほんの一部ではありますが、お返しになれば と想います。
まだまだ理想の自分には遠く、修行の日々ですが
あやせはココで意地を張り続けます。
皆様方にはこれまで通り、いえ、これまで以上の御指導御鞭撻を賜りますよう御願い奉ります。