そういえば小学2年生の頃、寺の蓮池で友達と遊んでいたとき、喧嘩して友達を突き落とした。
夕方の日没ギリだったから、周りには誰もいなくて、まぁ俺も頭に血が上ってたから「ザマミロwww」とか思いながら、そのまま走って帰った。
夜になってから、そいつの親がウチに来て、顔面蒼白で「息子が返ってこない!行方知らないか?」って聞きに来た。
ヤバいと思ったから「知らんがな(´・ω・`)」って答えた。
翌日、全校集会で行方不明だって大騒ぎになったけど、クラスは悲しむより行方不明っていう非日常事件にハイテンション。
警察来たときはテンションMAXで教師ブチキレてた。
結局そのまま、今でも行方不明だけど、盆や正月に実家に帰ると、寺の蓮池に足を運ぶようにしてる。
子供の記憶なんて、空想とごっちゃになることがよくあるから、喧嘩して突き落としたってのは、俺の妄想だろう。
だけど、あいつが行方不明という事実はどう解釈すればいいのか。
イタズラではないけど幼稚園か小学生になったばかりの頃、近くに埋め立てた釣り堀があって有刺鉄線の隙間から友達と入って遊んでたら、埋められたシラスの釣り堀の池が底なし沼みたいになっていて自分は足がズブッとなった瞬間に怖さを感じて離れたけど友達は既に膝を超えて沈んでいた。
大人を呼べばよかったのに自分は何か恐怖を感じて家まで走って帰った。
その後に友達が行方不明になったっていう事で大人たちが大騒ぎになったのを覚えていている。
実際に友達は見つからずにみんなを集めて先生が説明をした記憶がある。
大人になった今考えるとなぜあの時に釣り堀に沈んでいったって事を誰も考えつかなかったのだろう。
今は区画整理もされ釣り堀の場所がどこだったかもはっきりしないけど埋め立てや造成の時に見つかったって話も聞かない。
そのまま埋まったままなのだろうか。
たまにこの記憶がパッと頭に浮かび心臓がバクバクなる。今から30年ほど前のことなのに。