本当にごくたまーに、自分の中の考えを文章にしてみるもんで。
自分の考えをまとめるのに、頭の中だけだと整理しにくかったりするもんで(´ー`A;)アセアセ・・
人生ってのは、自分のものだ。
でも、自分だけの思いだけでは生きられない。仲間、友達、恋人、家族、尊敬する人。
多かれ少なかれ誰かの世話になり、迷惑になり、支えになり、どこかで関わっていくのだと思う。
結婚すれば、自分の人生だが、その人の人生も関わってくる。
結婚しなくても、出会ってた人の記憶に自分が残れば、それもその人の人生に深く関わるほどではないにしろ、
影響したことにならないだろうか。
自分は1人でも生きていける。周りの人との関係なんて必要ない。
そう言う人もいるんだろうけど、きっと必ず必要な時がくる。
関係を持とうとすれば、自己を抑えなければならない時もある。
沈黙する時は、居心地が悪くても沈黙するのだ。
では、自己は必要ないのか。
それも、違うと思う。
自己というものを持たなければ、周りに振り回され、流れていくだけだと思う。
流されていて、その先に滝があり、落ちた時、誰も助けてくれなかったと言ったところでなにもならない。
周りの責任ばかりではないのだ。自分にも決定権があるのだから。
そして、なにより自己というものは、柱になる。
自分を支える柱であり、自分の理解者で協力者である。
大きな矛盾だが、結局自分は1人なのだ。
1人で生きて行くのだ。
人生ってのは、歩くのと似ているのかもしれない。
自分になるべく優しく、なるべく厳しく、自己をしっかりもち。
その自己に土足で踏み入ってきては、好きなことを言っていく、
仲間や友達、家族、恋人などの他人の意見を取り入れ。
自分を愛し、他人を愛す。
自己と他のバランスを取りながら歩いていく。
自分だけの意見だと、間違った方向に向いた時に、軌道修正がきかずダメになる。
他人だけの意見だと、土台がなく潰れてしまう。
そして、生まれた限り、必ずいつか死ぬ。
生があるから、死があって。
死があるから、生に実感を持てる。
そして、その揺らめきは、今日明日いつ終わるのかわからない。
若いからといって、他人事ではなく、今この時にも終わるのかもしれない。
自と他を足に、しっかり大地を踏みしめ。
生と死を腕に、大きく振りながら歩いていく。
そんな様なものなのかなぁと思った。