「言われて嬉しかった忘れられない一言」
ん~~~む。
ありすぎてしぼれないよう(>_<)
うれしかった一言って、
燦然と輝いていたり、
ヒカリゴケのようにふんわり光っていたり、
ホタルのように中空をとらえようなく点滅していたり、
宝物のように美しくこころに残っているじゃあないですか。
みんなうまくかわしてるので、
マジかますと、しらけるかな……。
「一番」は大切すぎて、もったいなくて書きたくない。
そんじゃ、直近でいくかなあ。
年がら年中うれしがってるというか、
1日に何度もうれしいことがあるという、
極端にしあわせのハードルが低いわたしの凡庸な「うれしい」ですが。
母の日に。
私「生んでくれてありがとう」
母「生まれてくれてありがとう」
まあ、毎年母の日と誕生日は似たような会話を繰り返すわけですが。
何回聞いてもしあわせになるなあ。
父が「俺には言ってくれない」とすねるのも毎年恒例。
だって生んだの父じゃないし~( ̄З ̄)
ミルトモのあるが「ありがとう」がうれしかった一言だと書いていたので、
ありがとうについて考えてみました。
解説のボランティアなどしていると
小さい子たちが「ありがとう」の練習をします。
ママに言われてやっと、やっと、知らないおとなに「ありがとう」と
しぼりだすのです。それはたくさんの勇気が必要でしょう。
「解説」という見えないものに対して「ありがとう」と言う訓練を
させるおかあさんたちも立派。
こどもにもおかあさんにも「よく言えたね。がんばってえらかったね。
ありがとうと言ってくれてありがとう」と伝えています。
「ありがとう」は言ってもらうのも、言うのもうれしい、しあわせな言葉です。