今年のお盆は思った以上にボロボロになりました。
これほど先が見えぬ仕事をしたのは、いつぶりだろうか?
昨日書きかけた、青山あり!は、私にとってはおまじないのような言葉です。
忙しさで苛立ったときや、どうしようもない状況のときに、すっと気持ちを軽くしてくれます。
私の親は放任主義で、成績が悪かろうが、怪我をしようが「やっぱり私の子やなぁ」と笑い飛ばすような人です。失敗を重ねながら物事を覚えていくしかない。
転ばぬ先の杖がない私は、東京へ出ても大失敗し、全財産150円で池袋の路上生活者になりました。その時に兄弟の電話を借りて連絡をとったときに、笑い転げながら、「人間至るところ青山あり」という言葉を贈ってくれました。
死に場所はどこにでもある、という意味だとその時は思っていました。
それを転じて、居場所もどこにでもある、と勝手に解釈し、そのときどきの状況を楽しもうと思いました。
その後、10年も経ち、初めて釈月性の詩を読みました。
将に東遊せんとして壁に題す
男児志を立てて郷関を出ず
学若し成る無くんば復た還らず
骨を埋むる何ぞ期せん墳墓の地
人間至る処青山有り
男子たるもの志をたてて故郷を出たからには、学問を成しとげないうちは断じて帰らない!死んで骨を埋めるとて、どうして故郷の墓じゃなけりゃならんということがあろうか。人の世にはどこに行っても青々とした山があるではないか。
私が勝手に解釈していた詩には、こんな覚悟が込められていました。
でも私は学も、志しも全く必要ないので、死に場所はどこにでもあるじゃないか。でいいです。
拡大解釈して居場所はあそこにも、ここにもでいいんです。
さらに拡大解釈し、なんとかなるさ。でいいんです。
今回の繁忙期もこれで乗り越えられました。
今、みんなの死にそうなつらい顔が思い出されます。
明日になれば、みんなにとってもいい思い出話に変わっていることだと思います。
繁忙期の醍醐味です。今年も忙しいけどいい夏が過ごせました。
けど、
しんどかった~~~~~