ここいらで小休止
※続き物ですがシリーズ化は考えていません。
※事情により時系列はバラバラです。第一話からどうぞ。
※第一話http://www.milu.jp/popup_inc/diary?id=99696&uid=qqShoaya
※第二話http://www.milu.jp/popup_inc/diary?id=101133&uid=qqShoaya
※第三話前編http://www.milu.jp/popup_inc/diary?id=103840&uid=qqShoaya
-幽霊と指したオセロ-
第四回
「境界(後編)」
赤いレインコートの女の目撃から数年経ち、俺とブラッドは別々の道を歩みはじめた。
前にも書いたが、高校卒業から6.7年ほど連絡を取り合っていなかった俺たちだが、同窓会を通してチャットでマメに連絡を取り合うようになる。
その日もいつもの様に、ブラッドから出された小難しい課題を何とかやり遂げ、お楽しみのオセロに興じていた。
1局、2局とゲームは進む。
その間にもチャットウィンドウは下から上へとスクロールしていく。
今、当時のログを見返すと、はじめは他愛もない世間話だったようだ。
ところが、「休みの日はなにしてんの?」という俺の質問から、雰囲気が変わってきた。
「よく若宮に行くんだ。」
福岡県若宮市。
俺の知る限り、緑豊かで・・・とても有名な「ある場所」がある。
「犬鳴?」
若宮と言われて真っ先にこの地名が浮かぶ俺も俺だが。
若宮市には犬鳴峠という心霊スポットがある。
ここについての話はまた別の機会にするとして、その時俺は何とか話を逸らそうとしたようだ。
「ブラッドは昔っからそんなとこ好きだよなーw」
「そうだったっけ?w」
「二人で行ったじゃん、○○公園とか」
前回話した、自殺体が出る公園だ。
「ああーw」
「覚えてる?」
「うん、レインコートの女だろ?」
バカか俺は。
話がより具体的な方向へいったじゃないか。
ブラッドは、霊とかそういった類は信じない質である。
俺は聞いた。
「あれってやっぱ基地外っしょw」
「どうだろな?」
・・・意外な返答。
これはちょっと聞いてみたい。
「じゃあなんなのさw」
「んー」
「やっぱアレ?フェンスがこの世とあの世の境界になってて、あれは幽霊(笑)とか?wwww」
「境界ねえ?w」
ここで2分ほど会話が止まっていた。
俺はただ、待つ。
ブラッドから次の言葉が出るまで。
やがて、ブラッドが切り出す。
「幻肢って知ってる?」
チャットは便利だ。
『幻視』ではなく『幻肢』、だと。読みは同じでも間違えることはない。
「あれっしょ?無くなったなずの四肢に何らかの感覚を感じるという」
「そう。」
「それがどしたん?」
「無くなった腕に感覚を感じるのも、宇宙の果てに思いを馳るのも、
実体の有無に頼ることなく可能なんだ。」
「??」
「何かを感じる、考えるっていう行為は、ものすごい処理能力を要求される。
そしてそれを処理してるのは、狭い頭蓋骨に入っている小さな脳なのさ。
その脳だって全能じゃない。幻肢や妄想に代表されるように、
間違ったことを伝えることもある。
絶対的なもの、例えば時間でさえ相対的に感じさせる。」
まあ納得できる事だ。
だけどそれは今回の事とは関係ないじゃないか。
ブラッドは続けた。
「ところで。目にモノが見える仕組みはわかる?」
「まあ漠然とは。
モノに光が当たる→光が反射する→眼球を通る→脳が認識、でそ?」
「うんそう。
視力がキチンとあるならハッキリそれで見えるね。
ところがそうじゃない場合もある。
途中のプロセスにプラス要素を加えて脳が認識することもあるんだ。
そしてそれは、視力が足りなくてもハッキリと見える」
「ほほう」
「あの日のことをよく思い出して。」
うーん。
街灯はあったから、ちゃんとモノは見えていた筈だ。
それにブラッドも見えていた、といった。
霊否定派のブラッドがそういったことと、その後近隣の小学校に不審者目撃多数の情報により、あの事件は実体を持ったナニカ、基地外の可能性が濃厚という結論へと至った・・・
「でもブラッドもみたっしょ?」
「うん」
「じゃあ何が問題なのさw」
「ちゃんとハッキリ見えた?」
「おうもちろん!赤いレインコートの女じゃろ。手を上げてたの。」
「輪郭がぼやけたりしてなかった?ww」
「なにいってんのw」
ほんとに何言ってんの。
霊を否定したいのか肯定したいのかわからん。
「まだ、よく思い出せてないね。」
「えーw」
「見えてなかったんだよ、ハッキリとは。」
「いやいやw」
「あの後、メガネこわれてたでしょ」
「おう」
「アレ何でだっけ?」
言われて、ぞくり、とした。
メガネが壊れた理由。
それは「ダッシュボードの上においていた」メガネが急加速により落ち、踏んでしまったからだ。
つまり俺は、メガネをかけていなかった。
極端に視力の悪い俺は、例え乗ってる車の速度が30キロであっても、数メートル先のものをハッキリと見ることはできない。
「あれって幻覚だったってこと?」
「いや、俺も見たからそうじゃない。
手をあげていたかどうかは覚えていないけど。
でも、ハッキリ見えないはずのものがハッキリ見えたってことは
脳が何らかのプラス要素を足したと思うんだ。
例えば先入観とか恐怖とか」
「ぬ・・・」
「雨の日だったし、女っていうのだって、ハッキリ見えなきゃわからんことでしょ?
でもそれを女と思ったってことは、きっとレインコートの色の所為。」
「そうかも・・・」
「それにあの辺には浮浪者もいる。モノを溜め込む人みたいだから、
木の枝にレインコートを掛けていたってことも考えられる。
でなければ、普通の女が雨の夜中に一人で心霊スポットにいるなんて
やっぱり考えにくいんだわー」
「・・・」
「境界ってもんがどこにあるかって話だったな?
アラガミ、眉間に指を当ててみ」
言われるままに、指を、当てる。
「そこ。
狭い頭蓋骨に入っている小さな脳。
ありもしないものを生み出し、
この世とあの世を分け隔て、
現実とそれ以外の境界を作り出すのは、その脳なんだ」
ログを見る限り、そこでこの話題は終わっていた。
今もしブラッドに意見を聞くことができたなら、違う答えが帰ってきたかもしれないが、もうその機会は、永遠に、来ない。
誰一人として戻って来たことのない「境界」の向こうへ逝ってしまったから。
「境界(後編)」
完