夢 遊
以前、夢を記憶して日記の題材によく使用した。
夢という仮想の現実をフイクション仕立てに書き上げた。
最近あまり、そんな愛の夢を見なくなった。
でも実際は、愛の夢を見ていても、
朝起きた時には忘れてるのだろう。
夢を忘れてしまうのは、
”夢を気にかけることが無くなった”からだと思う。
恋への欲求の高まりが、夢を見たいという願望となり、
朝起きた時に自然と夢の残存画像を覚える習慣がつくらしい。
私は枕元にノートとペンを置いて、
朝起きたらすぐに夢の残存画像を書きとめたりした。
時には、自分で書いたとは思えないような内容であったり、
まるで映画のようなストーリー性のあるものであったりする。
そのリアリティに不思議な気分になることもある。
夢の残存画像を記憶できなくなった理由はもう一つある。
人は、日々の生活の中で得た情報を、
眠っている間に整理しているという。
この生理的本能は日常の欲求に対するストレス解消となる。
幸せを感じストレスが無い状態では、愛は夢には現れてこない。
今回のタイトル「夢で会いましょう」は夢の残存画像(メモ)をネタにした詩集です。