紅葉も深まり、晩秋の趣きに浸っていたら、いつの間にか立冬を過ぎていた。暦の上では既に「冬」なのだ。最近は特に水が冷たく感じられるようになった。
「冷たい」の語源は「爪痛し」(つめいたし)が転じて、「つめたし」から「つめたい」に変化した。つまり、爪が痛く感じるから「爪痛い」→「冷たい」なのである。温度の低い物に触れた時に冷ややかに感じる例えから、人の性格や態度の冷淡さを指して「冷たい人」と比喩される。
よく「掌の冷たい人は心が温かい」と云われるが、私自身は多汗症で冬でも体温が高い時は、掌はうっすらと汗ばんでいる。人と握手する際、「冷たい人」と思われないか、とても緊張する。と同時に、ねっとり汗ばんだ手に触れた相手に、「不快感」を与えてないか、心配して自律神経が過敏になり、更に汗ばむ悪循環に陥ってしまうのだ。
「爪」の語源は、へりやふちの意の「縁」、「際どい」で使われる「際」などは物の端を意味する「端」(つま)の事で、指の端を指す。足の指先を「爪先」(つまさき)と言う。指先や爪の先でつまみとる「抓む」も爪が語源。
「我が身を抓(つね)って人の痛さを知れ」は心に刻みたい格言だ。
「痛い」の語源は程度の甚だしさを表す「甚」(いた)からの派生で、肉体や精神に激しい刺激を受けた時の感覚。「甚く感動する」の「いたく」はプラスの作用が働く。逆にマイナスの作用を及ぼす表現として「痛々しい」がある。本人は大真面目だが、周りから見ると勘違いしている人の事を「イタイ人」と揶揄するケースがある。
最近では、人だけでなくアニメの萌えキャラを派手に塗装した車を指して「痛車」と呼ぶ場合もある。自己満足の世界は他者から見れば、滑稽に映る時もある。単なるナルシストで、軽率な人のレッテルを貼られ人間性が疑われかねない。
評価は他人が下すものだからせめて、人のふりを見て「イタイ人」と陰口を叩かれないよう、襟を正していきたい。
寒さが身に沁みる時節柄、御身大切にくれぐれもご自愛くださいませ。