今朝、ネット配信のニュースで軽い衝撃を受けた。今月4日付け神戸新聞夕刊の投稿欄に寄せられたもので、マンション住民の近所付き合いに関する内容の記事。投稿記事全文を紹介すると、
『住んでるマンションの管理組合理事をやってるんですが、先日の住民総会で、小学生の親御さんから提案がありました。「知らない人に挨拶されたら逃げるように教えているので、マンション内ではあいさつをしないように決めて下さい」
子どもにはどの人がマンションの人かどうか判断できない。教育上困ります、とも。すると、年配の方から「あいさつをしてもあいさつが返ってこないので気分が悪かった。お互いにやめましょう」と、意見が一致してしまいました。その告知を出すのですが、世の中変わったな、と理解に苦しんでいます。』
如何だろうか。投稿者は自営業の56歳男性で、本人の感覚からすれば昔の時代にはあり得ない事象であり、日本はいつの間にかこうも殺伐とした社会になってしまったんだろう、と嘆き「世間に一石を投ずるべく」思わず投稿したのだろう、と推察している。
確かに今の日本社会は、訳もなく何の面識も無い凶悪な輩に、突然命を奪われる事件なども頻発している。「人を見たら泥棒と思え」などはまだ可愛い方で「人を見たら殺人犯と思え」が、今の世相を如実に反映しているのかも知れない。
「マナー」を立てれば「セキュリティー」が立たずで、何を優先事項にするかで、意見は分かれるところだ。今回の件では賛否両論がぶつかり、皆が納得するような解決策が見出せるのか、今後の成り行きを注視していきたい。
ただ一つ言えることは、「知らない人に挨拶されたら逃げるよう」親に教育された子供は、これから先も親の教えを守り挨拶の出来ない大人になってしまうのではなかろうか、他人の子供ながら行く末を案じるのである。
生活共同体を営む上では、人種や民族、宗教や思想、年齢や性別、言語等を問わず普遍的に行われる挨拶。
「MILU」の世界も、仮想空間とはいえ「挨拶に始まり、挨拶で終わる」秩序正しいルールで成立している。挨拶を交わしてこそ生まれるものがある。お互いの存在を認め合う最初のきっかけが挨拶であり、いくら親しくなっても礼儀は欠かせない。
たかが挨拶と侮るなかれ「挨拶」は心と心の潤滑油なのである。