お弁当はね、幼稚園の2年間 中学生の3年間 高校生の3年間 そしてOL時代
小学生の6年間は給食で 短大生の2年間は学食でした
母が、私の為にお弁当を作った年月は…通算12年間ですね
でも、小学生の頃 遠足だとか運動会とかありましたね
今と違って コンビニとかほか弁とかありませんでしたから
母親が、子供のためにお弁当を作って当然
当時の私は そんなふうに思っていました
でも、中学生の時 毎日の様に 朝 パンを注文する同級生も居ましたし
高校生の時 毎日 学食で食べるクラスメートも居ましたのにね…
OH!バラ色の珍生 だったっけ?
島田紳助さんが司会をされていたと思うのですけど
それを見て あぁ、もしかしたら あの子 そうだったかも…
中学生の時 クラスの男子と交換日記をしていました
その子が 毎日 お弁当を持ってきていませんでした
2つ上の兄がていて 3つ下の弟がいて 生まれたばかりの赤ちゃんがいる
お父さんは バスの運転手
夏休みになると お兄さんと、弟と3人で お父さんの母親
お婆さんの所ずっと居た
同じ小学校だった人に 〇〇君は どんな小学生だった?
と尋ねると 中学入学の少し前に 引っ越してきたよ と聞いた
赤ちゃんの話は時々聞いたけど
お母さんの話は 全くしなかった 聞いても 巧くかわされた
その番組を見て 気づいたことは…
赤ちゃんとは お母さんが違うのではないか…
これは私の妄想だけど
お母さんは亡くなったのではなくて 出て行ったのかもしれない
「死んだ」のなら 2年半も交換日記をしたのだから
「死んだ」と言うような…
ただ単に赤ちゃんがいて 忙しくてお弁当を作る間が無かっただけ
かもしれないけれど…
でも、日記に兄や弟の話は再々出てきたのに
母親の話は全くなかった
新しいお母さんと巧く行っていなかったのでは?
そう思えてならない
中学生の時に どうして気づいてあげられなかったのか?悔やまれる