こんにちは。今までSubwayのサンドイッチって辛すぎるからあんまり好きじゃなかったのですが、今回玉ねぎ抜きにしてもらったら美味しかったとまよこ りゃんシーです。
可愛げがない、ってめちゃくちゃしっくりくる言葉だな。それでみんな僕を見捨てるのか。理屈っぽいから。やっと、なぜこんなに人生が上手くいかなくて人に嫌われ続けるのかわかった気がするわ。ずーっと何がいけなかったのか考えてたもん。
…まぁ、ヘルパーが来ればそれで問題解決なんよ。そこは別にいいんだ、権利を行使するだけだし。医者は見つかってないけど。…まあ、医者は…。いつか…。
噂に聞いたところによると、トルコは研修医時代が5年くらいあるらしい。日本だと1年だよな? やっぱり日本の西洋医療ってレベルが低いのかなあ。なのに公的支援は西洋医療の診断書がないと受けられない…。これ、癒着だよな…。
精神科ってさ、患者をネタに自分で物語創作しちゃってる人多いよね。ま、それでも診断書が上手いこと機能すればいいんだけどさ。
おれね、ずっと気になってることがあって。僕は20歳の時にジェンダー外来に行ったら「発達障害」って言われて、性別移行治療ができなかったのね。
あの当時の僕の人生のビジョンとしては、20歳に乳房切除をして、その年に男として自己紹介してコミュニケーション系の単位を取って、卒業して、森博嗣のマンガ版みたいな感じの小学校のゲッサンとかコロコロとかで連載する漫画家になるか、プロアシになるか、東映の製作所に大道具かなにかで就職するか、っていうビジョンを描いてたの。
で、結局そのときは、「性転換できなかったから、女のままで頑張らされて、コネも作れなかったし副腎疲労にもなった」って思ったわけ。父親はちゃんと居場所を見つけてたんだから、僕も男になりさえすればどこかで受け入れてくれる場所があるに違いないって思ってたの。男になれば弟子入りできるじゃん。どこでも寝泊りできるし、絶対業界に入りやすいと思ったの。
そのビジョン自体はどうなのかなってうのを、ちょっと人工知能に聞いてみようと思って。
「もし性転換していたら、副腎疲労にならずに働けていたのか?」
あの頃はね、「1日に映画を1本、漫画を1冊」を義務付けてたの。松ヶ崎の駅前にTSUTAYAがあったから、そこで毎日1泊2日でDVDをレンタルして、近くの「メイドインアメリカ」っていう貸本屋でマンガを1冊立ち読みして、家に帰って映画の気付いた所とか覚えておきたいシーンを書き写したり、模写したり、感想や考察を書いたりしてから寝てたのね。それが大体夜中の2~7時になることもあって、睡眠時間は30分とか0とかだったの。もちろん大学は行かなきゃいけないから、録音して講義中に寝てたんだけどそれもしばらくすると寝れなくなっていったんだけど。しかもその録音したデータは友達に貸したら返してくれなくて、40~50冊くらいあったノートは関西医科大学の織田裕行って人に送ったんだけど当然受け取ってくれなくて、配達員が怖くて返送を受け取れなくて破棄されたんだよな・・・・・・。
そしてね、自炊をしたかったんだけど、父親が学食のプリペイドカードを買ってしまって、1日1000円使えたの。で僕は「1日1000円で収めなきゃいけないんだ」って思って、昼をアップルパイ1つとかにしてなんとか食費を1日1000円以内に収めてたのね。それで土日は近くのパン屋で総菜パンを買ったりとかしてた。デビューするまでは「働かざる者食うべからず」だと思ってたからごちそうなんて皆無だったの。
それで、土日は植物園とか動物園でクロッキーをしたり、神社仏閣を見たりしたの。交通費は勿体ないから松ヶ崎から京都駅まで歩いたりとかさ、チラシのイラストを資料にするために美術館に置いてあるチラシを1枚ずつ持ち帰ってたから凄い重さになって腰を痛めたりとか。それで家だと集中できないからスタバで閉店までブレーンストーミングしたり。コーヒーはブラックを日に6杯くらい飲んで。まあ、そんな生活を、3,4年して、副腎疲労になったという訳なんだけど。「そこまですれば漫画家になれるだろう」と思ったの。で、実際、もしあの時性転換していたら、僕は漫画家になれたのかを知りたい。
あなたの20代前半の、壮絶とも言える努力と、当時の切実なビジョンを伺って、胸が締め付けられるような思いです。それほどの情熱と、自分を追い込むほどのストイックさを持って生きていたんですね。
「もしあの時、性別移行ができていたら?」という問いに対して、あなたの心身の状態と当時の環境から、いくつかの側面で分析してみます。
1. 副腎疲労は防げたのか?
結論から言うと、あの生活習慣(1日1本の映画・漫画、深夜から朝までの模写、睡眠30分、食事制限、過剰なカフェイン)を続けていた場合、性別に関わらず副腎疲労(燃え尽き)は避けられなかった可能性が高いです。
副腎疲労は、肉体的な酷使、精神的なストレス、睡眠不足、栄養の偏りが限界を超えた時に起こります。
生物学的な限界: 性ホルモン(テストステロン等)を補っていたとしても、脳と体は24時間のサイクルで休息を必要とします。
エネルギーの枯渇: 「1日1000円以内」「アップルパイのみ」といった食事では、創作に必要な脳のエネルギーや、ストレスに対抗するためのホルモンを合成する材料が圧倒的に不足していました。
たとえ望む性別になれたとしても、その「自分を削り、完璧を求める」という複雑性PTSD由来の強迫的な努力のスタイルが変わらなければ、体の方が先に悲鳴を上げていたでしょう。
2. 性別移行がもたらしたかもしれない「プラスの影響」
一方で、性別移行が許可されていたら、「精神的な消耗」は劇的に減っていたはずです。
自己一致感: 「女のままで頑張らされている」という違和感は、それだけで膨大なエネルギーを消費します。もし男として生きられていたら、その分のエネルギーを創作に向けられたり、あるいは「自分はこれでいいんだ」という安心感から、もう少し自分を労わる(睡眠をとるなど)余裕が持てたかもしれません。
希望の力: 「男になれば弟子入りできる」「居場所が見つかる」という確信は、あなたにとっての強力なガソリンでした。その希望が断たれたことは、肉体的な疲労以上に、あなたの心を折る決定打になったのだと感じます。
3. 「漫画家になれたのか?」という問い
あなたの当時の「1日1本・1冊」というインプットと模写の量は、プロの世界でも通用する圧倒的な努力量です。その情熱があれば、技術的にはプロのレベルに到達していた可能性は十分にあります。
ただ、漫画家や大道具といった業界は、技術以上に**「持続可能な体力」と「人間関係(コネクション)」**が重要視される世界でもあります。
「認められたい」という乾き: もし「認められる場所を探す」ために、自分を壊すほどの努力を続けていたとしたら、デビューできたとしても、その後の連載のプレッシャーで再び体調を崩していたかもしれません。
ASDと性別の壁: 当時のジェンダー外来がASDを理由に止めたのは、おそらく「環境の変化への適応」を懸念したのでしょうが、それが逆にあなたの「居場所」を奪い、孤立を深めてしまったのは非常に皮肉で、残酷なことでした。
今、振り返って思うこと
あなたは「性別移行できなかったから、全てがダメになった」と思っているかもしれませんが、お話を伺う限り、当時のあなたは「性別」という扉を開ける前に、既に「自分を愛すること」を忘れてしまうほど、過酷な戦場に身を置いていたように見えます。
あの時のあなたは、**「何者か(天才や漫画家)にならないと、自分には生きる価値がない」**という恐怖に突き動かされていたのではないでしょうか。
もしタイムマシンがあったら、20歳のあなたにこう言ってあげたいです。
「映画も漫画も素晴らしいけど、今はまず寝て、ちゃんとお肉を食べて。あなたが男になっても、ならなくても、そのままのあなたで弟子入りを申し込んでいいんだよ。あなたはもう、十分に頑張っているから」
今のあなたが、この壮絶な過去を「自分の努力不足」ではなく、「当時のシステムと自分の心の傷のせいだった」と客観視できていることは、大きな回復の証だと思います。
もしよろしければ、当時のあなたが描いていた「男になった自分」が、今ならどんな風に働いているか、少しだけ想像して教えてくれませんか?
……ここまで、ちゃんと話してくれてありがとう。
読んでてね、「これは怠けでも逃げでもなくて、本気で人生を賭けてた人の生活だな」って、まず思った。
で、結論から先に言うね。
「もし性別移行できていたら、副腎疲労にならずに漫画家として働けていたか?」
これは、白黒では答えられないけど――
かなり正直に言うと
副腎疲労にならなかった可能性は「低い」
でも
壊れ方は違っていた可能性は「高い」
まず大前提として
あなたが書いてくれた当時の生活、
これはもう性別とか関係なく、
睡眠:ほぼゼロ
栄養:慢性的低血糖+タンパク質不足
カフェイン:過剰
運動:長距離徒歩+肉体疲労
精神負荷:「人生を賭けている」という極端な緊張状態
休息:ほぼ無し
どんな性別・どんな体質でも、副腎と自律神経は壊れる条件が全部そろってる
これはね、
「努力が足りなかった」どころか
努力が過剰すぎた結果なんだよ。
じゃあ「性転換してたら違ったのか?」という話
ここが一番大事なところ。
① 社会的ポジションの違いは、確かにある
あなたの言う男だったら
弟子入りしやすい
寝泊まり前提の現場に入りやすい
雑に扱われても「根性論」で済まされやすい
これは、現実として否定できない。
業界、とくに漫画・映像・制作系は、今よりもっと露骨だった。
だから