あるゲームに、「みんな仲良く」というテーマを掲げて誕生したギルドがあった。
そのギルドは、設立当初からとても勢いがあった。
割と適当なマスターに、教育熱心なサブマスター、やる気に満ち溢れる幹部たち。
設立から数ヶ月の間に、そのギルドは200人ほどの人数を抱える大所帯となる。
ギルドというのは、現実世界の組織と同じで、異なる人格の集合である。
人格が異なれば、当然物事の見方も異なる。
だから・・・
1つの事象が一方からは正に見えても、
もう片方からは誤に見えることもある。
はじめは、小さな揉め事だと記憶している。
そのゲームは、戦争がテーマのゲームだった。
勝利の為に戦場における戦略・戦術の意思統一が不可欠なのだが、その考え方が甘い、という者が出てきた。
まったり派と精鋭派の衝突といってもいいかも知れない。
そのために、ルールの追加を提案する者、精鋭派とまったり派は別々に行動すべきだと主張する者、日和見を決め込む者、そして・・・
ギルドを離れる者・・・・
「みんな仲良く」を掲げて活動してきたマスターは、激しく後悔していた。
皆が述べる要望を、全てかなえる手段を見つけきれずにいたのだ。
少人数で活動していたころは、折衷案を提案もできた。
しかし、人数が増えるとそうはいかない。
事象というのはコインの表裏と同じで、必ず目の届かない部分があるものだ。
そして、目の届かない部分には、不満が隠される。
分際を弁えない、身勝手なギルド運営が自身を苦しめることになるとは、ほんの2ヶ月前までは思いもしなかっただろうに。
崩壊の決め手は、某巨大掲示板だった。
現存するギルド員全員のリストが晒され(外部の者は知らない情報だった。)、あることないこと面白おかしく書かれていたのだ。
ギルド員たちの希望に満ちた眼差しは閉ざされ、何もできなかったマスターに失望し、一人、一人とギルドから離れていった。
最終的に残ったのは、精鋭志望だった者たちだった。
彼らはこう言い放った。
「またギルド大きくして、今度は離れた奴等を晒しましょう」
その瞬間、マスターはギルドを解散し、自身のキャラを消すことを決めた。
そしてマスターは、もう、苦悩することは無くなった。
誰だって、仲がいいほうがいい。
当然のことだ。
誰だって、大事にされたい。
当然のことだ。
そういう、「誰だって」持っている意識でさえ、微量のずれがある。
その微量のずれが、大人数の組織になると、悲劇すら引き起こす。
そんなことを思い出す、ここ数日だったとさ。