~ ドクター ~
初夏の風に揺られ 木々が身を振るわせている
青々と茂る木を下から「ジッ」っと覗きこんだまま
数分動かずにいる女性がいた。
「ドクターこんなところで何を見ているのですか?」
「ゆれる木です。これを見ていると落ちつくんです」
「そうですか。落ち着かなくてはならない事でも?」
「切開したばかりなんで気持ちを戻そうと思ったのです」
この老人病院では危篤状態に入ったとき「何もせず行かせてやれ」
という「方針」が出るときと、「まだ生きられる」と判断される場合と
直接医療行為の落差が大きい。
彼女は、ココで唯一、人を生かすことの出来る「外科医」である。
一線で活躍していないところを見ると、何らかの理由があって
ココにいるのだろう。彼女はオペを終了すると病院の駐車場から見える
緑を見に来るのだ。
「ブリオさん。今度飲みに行きませんか」
「酔わせて、私を部屋に誘い込むつもりですね。私は酔いませんよ。」
「ハハハ・・あべこべですね。・・・・お酒お強いのですか?」
「木を見て気は落ち着きましたか?洒落じゃないですよ。」
「落ちつきました。セラピストの仕事も大変ですね。私の心を探りに
来たのですか?」
「人の身体を切れる外科医の心は見る気になれません。」
「そうですね。精神の一部に崩壊でも無ければ人を切ったり・貼ったり
出来ませんよね」
この老人病院の中でオペ等などマレ。簡単な気管切開が良いところなのだ。
それでも、彼女はメスを持つことが嫌いなのだろうと理解できた。
人にはそれぞれ様々な事情がある。自分を見失わないよう、人として
「人の身体にメスをいれる」その事を自覚する為、外の風を受け、緑を眺め、
「慣れる」気持ちと戦いつづける。こんな人もいるのだ。
思えば医者こそが「健康の素晴らしさ」と「ありがたさ」を
「理解している人」であって欲しい。
「ドクター私で良かったらお付き合いしますので、飲みに行きましょう。」
「私の愚痴を聞いてくれるのですか?」
「私は、×1子持ちで、シングルファザーで、朝4時おきで、朝食と夕食を
同時に作って、朝の保育園が7:30でお迎えが18:30で、土曜日と祭日
が、保育園が休みで・・・・ですから平日の真昼間の休みがあるときしか、飲
みにいけないのです。それから、それから、・・・・・」
初夏の緑の中で私達は大笑いをした。しかし、季節が変わっても
彼女は二度と私を誘わない。
楽しみにしていたのにな。。。。。
ブリアレオス