スリープマスター
救急で運ばれる患者が生死の境をさ迷うとき、
私の主な仕事は家族に的確な状況説明をすることと、
理解を求めながら、家族ケアをも行なう事にある。
切迫した状況下の中、多くの者が状況を理解できなくなる。
処置を行なう医療スタッフ以外に、何を行なっているか、
何が行なわれるか説明する。
冷静で無くなる者、暴れるモノ、消沈するモノそれらを
誠意を持ってコントロールする。
医者や看護婦などの現場スタッフで無いからこそ、
出来ることも多い。
この日、救急で運ばれた患者の手術をモニター室で
家族に説明しながら、私は違和感を感じていた。
モニターが落ち着かない。。。
麻酔科医。。。。。
「・…」
「 ブリオ先生。私、麻酔科医になった事で患者さん達と接する機会が
ほとんど無くて(笑)。医者よりも忙しい貴方が、うらやましいですよ。 」
「 手術の多い麻酔科医はそうなるのですね。でもその存在に皆、
安心だと言っていますよ(笑)。スリープマスターのおかげでいつも
安定したオペが出来ると、 皆、言っています(笑) 」
こんな会話をしたことを思い出す。
麻酔科医は全国でも数が少ない。医者ならば皆、
麻酔を操る事を許可もされている。
麻酔科医がいなくても手術を行なう事は出来るのである。
「 先生はいつもモニターを見ていませんよね。。・・・」
「 ハイ。患者を見ているのです。外科医の手の動きを見て、
出血の量を見て、患者の顔を見ているのです。 」
「 なるほど。。。さすがスリープマスター。でも、覚醒した患者と
接する事だけが、コミュニケーションではありませんよね。
手術の多い所にはそれに適した接し方があります。医師としての
ポリシーが変わらなければ良いのではないでしょうか。
ところで、秘伝を伝授しますが、どうしますか?(笑) 」
私は映画で見た1シーンを思い出し、その事を彼に伝えた。
それが「偽善」の象徴であろうとも、「自己満足」といわれようとも、
彼にとって「壁」を抜け出すきっかけになってくれれば、
そう思い一例を語ってみたのだが。。
この日は、スリープマスターも、てこずっているようだった。
麻酔の微妙なコントロールで手術後に起きれず、亡くなる方もいるのだ。
慎重に行なってほしい。私は、願うように家族に説明を続けていた。
すると、麻酔科医はモニターの安定しない患者の耳元で
言葉をかけ始めた。そう、眠ってしまっている患者の耳に・・・
「 大丈夫。君は助かるよ。手術も順調に進んでいるよ。
君のお母さんも無事にベットで横になっているよ。
苦しく無いように僕が君を眠らせているんだよ。
安心して良いよ。もうじき縫合だからね。
終わったらゆっくり、目がさめるようにしてあげるからね。 」
それは、まったく、意味の無い行動であった。しかし、
オペ室内は温かい空気に包まれ、モニター室にいた私は
それ以上の言葉を使って、家族に対する説明を要しなかった。
「 賛否両論でしたね。上手くいったから良かったのですが・・」
「 良いじゃないですか。もうやらないのですか?」
「 いえ。わざとらしさが、たまらなく気持ちよく感じました。(笑)
ブリオ先生の丁寧口調も良い人を演じているのですね。 」
「 ・・・・ 」
ブリアレオス