4月にヨーロッパに着き、3日後にはウィーンのカフェでコーヒーをすすっている計画でした。
3日後が3か月後になり、やっとグラーツからウィーン行きの列車に乗車することができました。
こんなにも行き違いを繰り返し、やっと待望が叶うとなると、緊張や意気込みよりも安ど感が先に立つみたいです。
終始、うとうとするうちにウィーンへ着きました。
ああもしようこうもしようと思うのですが、まずは荷物を置く寝床探し。駅のインフォメーションの前でオーストラリアの女の人に声をかけられ一緒に向かったのがウィーン大学の学生宿舎でした。
学生が夏休みの間だけ借りることができます。
そこに一週間いた後、私は名画「第三の男」で有名なプラター公園の近くに移りました。
ウィーンのことを書きたかったのですが、よく考えれば、この街は有名すぎますね。
だから一言。こんなにも美しい大都市は他には考えられません。
ウィーンで私は初めてモーツアルトの偉大さを知りました。
「アマデウス」という映画もあり、かなり頭の弱い性質の悪い変質者くらいにしか思っていませんでした。
路地をうろうろする中、フィガロハウスを発見したのを機会にオペラ座へと向かったのでした。
一番安い天井桟敷で150円ほどだったか。
人もいないので寝そべっていました。
びっくりしましたねー。全身に沁みこみます。巧妙に計算されたかのように心地いい。私はモーツアルトに合っているみたい。
ハイドンも凄いんです。古典派の宗教音楽だろうとばかり私は思っていたのですが、ほとんどのジャンルを網羅しているのです。ハンガリーに接するブルゲンランド州の州都アイゼンシュタットに埋葬されています。そこに書いていました。聞いてはいないけど。
一週間ほどで、ウィーンを、そしてライン川下りにベルギーの田園、果ては北欧の落ち着いた街並み、そしてパリの温もりとイタリアの走る少年などなど、ささっと書きたかったのですが無理みたい。
たぶん、このまま続けるとチェコが出てきたり、バッハのパイプオルガンが出てきたりで、とりとめなくなりそうです。
それなら、まだかろうじて旅ですが、金が尽きた時の就職情報なんかも書いてしまいそうです。
負けてかっかしているおっさんを鎮めるためにも、この先は競艇ブログで後を継ぎます。
時間のかかってしまった旅行でしたが、旅には失敗がありませんね。