マゾの気質があるのか、痛みに耐えるのは案外平気なタイプであった。だが、想像を絶する
激痛の洗礼を受けてからは、我が人生観に劇的な変化が起きた。
先ず、医者に言われた食生活の見直しに着手。これは並大抵ではなかった。何しろ、好きな食べ物を全否定されたので、暫くは禁断症状に陥った。ほぼ毎夜通っていた、行きつけの居酒屋からも足が遠のいた。「アルコール」の代わりに飲むのは「水」。当然ストレスは溜まる。
然し、生来の不養生男の意識は変わった。他人の意見に耳を貸さない身勝手人間が、
心を入れ替えたのだった。もっと早く人様の忠告に対し、素直に耳を傾ければ良かった・・・。
クエン酸、カルシウム、食物繊維、マグネシウムの含有量の多い食材を積極的に摂取した。
運動もした。医者のアドバイスで、たまにジャンプをすると「結石が下に落ちる速度が早まる」と聞いて、アフリカ・マサイ族のようにピョンピョン飛び跳ねた。それもこれも、あの忌まわしい痛みから逃れる為に必死だった。躊躇する暇はない。背に腹は代えられないのだ。
そして、涙ぐましい努力の甲斐もあって、遂に報われる「その日」が訪れる。
尿管結石を発症したのは4月末、ゴールデンウィーク前だった。それから3か月余が経った頃、8月上旬のある日の朝。いつもの通り出社後の小用タイムで、ある「予兆」を感じた。
病院でのレントゲンや現状痛む箇所で、結石のおおよその位置は把握している。放尿後に、「!?」。もしかしたら「次のオシッコでアイツは出てくる!」根拠は無いが妙な確信があった。
恐らく、きっと、絶対に、必ず次の放尿時で間違いない!私はすぐさま、水をがぶ飲みした。
お腹がパンパンになる程、飲んだ効果で昼食前にもよおしてきた。トイレに駆け込み来るべき事態に備えた。便器内にトイレットペーパーを広く敷き詰め、出て来る「奴」を捕獲する作戦だ。臨戦態勢は整った。「さあ、いつでも出てこい!」・・・。夏の時季のトイレ内は暑い。額からは冷や汗も一緒に流れてくる。
ふと、思った。途中で失敗したらどうなるんだろう。とんでもない事態に陥るかもしれない。激痛どころじゃないかも、ひょっとしたら気絶してそのまま昇天するかも・・・。想像しただけでも身が縮む。逡巡している場合ではない。選択肢など無いのだ。
「もう、どうなってもいい!」破れかぶれで覚悟を決めた。下っ腹に力を込め踏ん張った。指で輪っかを作り握っていたホースの根っこ部分を一気に緩め思いっきり放水。「ウーーンムッ!」唸り声の嗚咽が漏れた。
「ボフッ」という微かな音が聞こえた気がする。大量放尿後、便器内を観察すると、あった!1cm弱の白濁した結晶が一個、ポツンと残っている。「フーーッ!」深くため息をつく。排出時の痛みでうっすらと涙目になっていた。緊迫感から解き放たれた瞬間、得も言われぬ脱力感が襲ってきた。妊婦の出産後はこんな感じなんだろうか。勝ち誇ったような達成感みたいな感情が湧いてきた。
あれ程、私を苦しみ続けた憎々しい結石野郎。けれど、いつしか長い付き合いの中で情が移っていた。まだほんのりと温もりが残る結晶を、愛おしく拾い上げる。よく見るとイガイガ、トゲトゲの姿をしている。よくもこんな形状の物があんな細い経路を通ってきたものだ、と感心した。
石の排泄で終止符が打たれ、尿管結石との辛く苦しいロングランの闘いは終わり「激痛劇場」の幕が降りた。
「一度結石に罹った方は、かなりの確率で再発します」脅しにも似た医者の
忠告を心に刻みつつ、再発の恐怖に怯えながらその後の日々を過ごした。
それから数年後、実家で久し振りに顔を合わせた2歳上の兄に尿管結石の武勇伝を話した折に、衝撃の事実が判明した。兄曰く「オレは尿管結石で2回、救急車で運ばれたことがある」どうやら我が血筋は尿管結石の家系らしい。(完)