苦節20年の末に「解」を得た難問の名称は「利かずの駒並べ」とか「全駒独立図式」などと呼ばれ、明治の初期には既にあったようだ。一体どこの誰が考えたのか、よっぽどの暇人か、はたまた天才のどちらかだろう。おかげで将棋の奥深さに、まんまと魅了されてしまったが。
ひとまず、長い間「喉仏に刺さった棘」が取れたような一種の安ど感に包まれてからは、また暫くは将棋とは距離を置くようになっていた。
そんな私が、再び将棋と関わるようになったのは、ひょんなきっかけからだった。遠方に住んでいた幼馴染みの友人が、転職で身近な場所に引っ越してきた。それを機に、お互いの近況を報告しながら旧交を温めていた折、それぞれの身内話になった。
友人曰く、「アル中の兄貴が、ほとんど引き籠りの状態になっている」。以前から彼の兄貴の件は聞いていたが、近頃は症状がどんどん酷くなって来ているらしく、「このまま放っておくと取り返しがつかなくなるかもしれない」と悩みを打ち明けてくれた。
友人とは実家が近く、親同士も面識があり家族ぐるみの付き合いだったので当然、彼の兄貴も昔からの馴染みであった。高校時代からロックバンドを組み、黒の革ジャンに長髪をなびかせて綺麗な彼女を連れ歩く友人の兄貴は、当時の中学坊主からは憧れの存在だった。
高卒後のロックンローラーは、好きな音楽の道を潔く諦め、仲間たちと劇団を立ち上げて自ら脚本を書きながら役者も務める二足の草鞋を履く。暫くの間演劇活動に情熱を注ぐも長続きせず、一念発起して公務員試験にチャレンジして見事合格。
配属先の部署は海外出張が多く、公務員らしからぬハードワーク業務に励んだ。巧みな話術が幸いしてか、トントン拍子に出世コースに乗るも、学歴の壁にぶち当たり挫折。
中堅管理職の立場で下からの突き上げ、上からは責任を押し付けられ、家庭内トラブルを抱えプレッシャーに耐えきれず、ついつい現実逃避の酒の力を頼るような自堕落な生活を送る結果に。
公務員を辞した友人の兄貴は今、離婚を経て一人暮らしの身である。引き籠り兄貴の行く末を案じた弟と共に、ワンルームの部屋を訪ねた。思い掛けない来客に戸惑うも、本格的なコーヒーを挽いて、温かく迎え入れてくれた。
付けっ放しのTV画面は将棋の対局シーンが映っている。「○○兄さん、将棋好きなんですか?」。復活の将棋はその一言から始まった。
(次回最終章へ続く)