
平安時代の女流作家、歌人。清原元輔の娘。「清少納言」は、
「清」は清原の姓から、「少納言」は親族の役職名から採ったとされています。
実名は不明です。中古三十六歌仙・女房三十六歌仙の一人に数えられ、42首の小柄な歌集 「清少納言集」が伝
わってます。
「後拾遺」 以下、勅撰集に14首入集。また漢学にも通じていたと言う事です。
一条天皇の時代、993年冬頃から、一条天皇の妃の定子に仕えたと言う事です。
博学な彼女は、公卿や殿上人とのやりとりをうまく交わし、
清少納言の作品 「枕草子」が有名ですよね。
清少納言と、同時代の「源氏物語」の作者の紫式部とのライバル関係は、
のちの世で盛んに言われ居ますが、紫式部が宮仕えしたのは清少納言が宮仕えを退いてからはるかあとのこと
で、2人は面識があるとは思えません。
紫式部が「紫式部日記」で清少納言を批評していますが、清少納言が紫式部に
関する記述を残してません。
平安時代中期の物語作者。『源氏物語』の作者。漢学者であった藤原為時を父として生れ,母は藤原為信の女で
早く亡くなり,
父の手で育てられた。長保1 (999) 年頃年齢の違う藤原宣孝と結婚,後冷泉院の乳母になった大弐三位賢子を産ん
だが,同3年夫と死別。この寡婦時代に『源氏物語』の執筆を開始したと推定される。
寛弘2 (1005) 年あるいは翌3年の年末,一条天皇の中宮彰子に出仕したが,女房生活にはなじめなかったようで
す。